このページのまとめ
- 営業権とは買収価格と買収される企業の純資産の差額を資産としたもの
- 営業権にはノウハウやネームブランドなどの無形固定資産が含まれる
- 営業権とのれんは基本的に同じ意味で扱う
- 営業権の計算方法には「DCF法」や「類似企業比較法」がある
- 営業権の評価は難しいため、M&A仲介会社のような専門家に相談が大切
「M&Aの営業権ってどうやって計算するのだろう」と考える経営者も多いことでしょう。「のれんとの違いが分からない」「営業権に含まれる資産って何だろう?」と悩むこともあると思います。
自社を高く売却するためには、営業権を理解し、価値を計算できるようにしておくことが大切です。
本コラムでは、営業権の計算方法や、のれんとの違いを解説します。営業権の価値を高める方法も解説するため、参考にしてください。
目次
営業権とは
営業権とは、M&Aでの買収価格と、買収される企業の純資産の差額を資産としたもの。たとえば、純資産が6000万円の企業を、1億円で買収したとします。この場合、差額の4,000万円が営業権です。
また、営業権は、企業が収益を上げるために必要な、無形固定資産を指します。
たとえば、
- ネームブランド
- 技術
- ノウハウ
- 従業員
- 取引先などのネットワーク
- 顧客リスト
が営業権に含まれます。
M&Aの場面では、収益に必要な無形固定資産が評価され、営業権として買収価格に組み込まれま営業権とのれんの違い
営業権と似た扱いをされるものが、「のれん」です。
どちらも、「M&Aでの買収価格と、買収される企業の純資産の差額」のことを指します。
そのため、同じ意味で扱っても問題はありません。
ただし、M&Aの価格を決める場面では、それぞれの考え方に違いがあります。どのような考え方で算出するか、確認しておきましょう。
営業権の考え方
営業権の考え方は、買収される企業の純資産に、価値を上乗せする考え方です。純資産とネームブランドなどの無形固定資産を区別し、M&A価格を算出します。
M&A価格=純資産+営業権
純資産にネームブランドなどの価値をプラスした場合、営業権と考えるケースが一般的です。
のれんの考え方
のれんの考え方は、M&A価格からマイナスする考え方です。純資産を差し引くことで、のれんを算出します。
M&A価格-純資産=のれん
営業権とのれんの考え方をまとめると、次のとおりです。
- 営業権:M&A価格=純資産+営業権
- のれん:M&A価格-純資産=のれん
どちらも、M&A価格と純資産の差額を指す言葉です。ただし、営業権は純資産に加算する、のれんはM&A価格から純資産を引く、と覚えておきましょう。
M&Aで営業権を評価する3つの方法
M&Aで営業権を評価する方法には、次の3つがあります
- インカムアプローチ
- マーケットアプローチ
- コストアプローチ
それぞれの評価方法を解説します。
インカムアプローチ
インカムアプローチとは、将来に発生するであろう収益を基準に、計算を行う方法です。
評価したい企業の収益を、収益実現で予想されるリスクを含めた割引率で割り引きます。
インカムアプローチの代表的な種類は次の3つです。
- DCF法
- 収益還元法
- 配当還元法
インカムアプローチには、将来性のような不確かな要素も含めて計算できるメリットがあります。
しかし、将来の収益を計算に使用するため、企業が存続している前提の計算になります。
また、対象企業が提出した事業計画に基づいて計算されることが多く、客観性に欠ける点がデメリットです。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、対象企業と似ている企業や、同じ業界の企業と比較して企業価値を計算する方法です。上場企業から対象を探し、株式市場などから計算を行います。
マーケットアプローチの種類には、主に次の4つがあります。
- 類似企業比較法
- 類似取引比較法
- 市場株価法
- 類似業種比較法
メリットは、株式市場のデータを基に計算するため、客観性がある点です。また、現在の市場やトレンドを反映して計算を行えます。
注意点は、参考にできる企業が見つからない可能性があることです。対象企業が珍しい分野で事業を行っている場合、比較が難しくなるでしょう。
コストアプローチ
コストアプローチとは、対象企業の純資産価値を基準に、価値を算出する方法です。簿価を基準にする「簿価純資産法」と資産と負債を時価評価して行う「時価純資産法」があります。
コストアプローチの特徴は、比較的簡単に評価ができる点です。また、簿価を基準にするため、客観的になりやすいメリットもあります。ただし、将来性が反映されない点には注意しましょう。
M&Aで営業権を詳しく評価する5つの方法
ここでは、営業権を詳しく評価する方法を5つ紹介します。
- 年買法(年倍法)
- 超過収益還元法
- DCF法
- 類似企業比較法
- 実査査定法
それぞれ解説します。
年買法(年倍法)
年買法とは、営業利益から税金を引いた額の、3年から5年分を営業権にする方法です。計算が分かりやすく、中小企業のM&Aでも使いやすいメリットがあります。
ただし、3年から5年と幅があり、採用する年数によって金額が変わってしまう点に注意しましょう。
また、客観性に欠けてしまう点にも注意が必要です。年買法では、景気変動や市場の動向が計算に含まれていません。買い手と売り手で、営業権の評価に差が出てしまう場合もあるため、気を付けましょう。
超過収益還元法
超過収益還元法とは、無形資産からどれだけの収益が生み出されるか想定し、営業権を算出する方法です。
まずは、対象企業が生み出す収益から、期待収益を超える収益を差し引き、超過収益を求めます。その後、超過収益が継続できる年数を時価純資産に営業権扱いで加え、企業価値を算出します。
DCF法
DCF法とは、企業が将来獲得できるフリーキャッシュフローを予想し、予想した金額をもとに企業価値を算出する方法です。企業価値から企業の純資産を引くことで、営業権が求められます。
まず、3年から5年分の事業計画をベースに、フリーキャッシュフローを計算しましょう。
次に、計算するのが、継続価値です。継続価値は、事業計画よりも先の事業価値を扱います。そして、フリーキャッシュフローを割引率で割ることで、企業価値が算出できます。
この企業価値か純資産を引き、営業権を求めるのがDCF法です。
DCF法のメリットは、理論的に価値を算出できる点です。
ただし、計算方法が難しいことから、扱いにくい点には注意しましょう。
類似企業比較法
類似企業比較法とは、似た事業を行う企業の株価や企業価値と比較し、価値を算出する方法です。EV/EBITDA倍率やPERを使用し、算出します。
EV/EBITDA倍率とは、EV(事業価値)をEBITDA(営業利益+減価償却費)で割り、計算する方法です。算出された数は、買収で投資した金額が回収可能な年数を表します。
類似企業比較法のメリットは、平等性が高くなる点です。比較対象になる企業の情報は公開されており、計算しやすい点もメリットになります。
注意点は、比較対象の企業がなければ、計算できない点です。同じ分野の企業が無かったり、対象企業と比較企業で規模が違い過ぎる場合には、使用が難しいでしょう。
実査査定法
実査査定法とは、事業を行う現場を買収企業の従業員が訪れ、企業価値を算出する方法です。工場や店舗、事業所などに赴いて調査を実施します。
実査査定法のメリットは、現場を見て判断できるため、買い手企業が納得しやすい点です。ただし、評価を行う従業員に左右されやすい点には注意しましょう。
また、実査査定法を使用する場合は、ほかの評価方法も組み合わせるようにしましょう。決算書なども確認しながら、複数の観点で評価を行うことが大切です。
営業権の譲渡で発生する税金
営業権の譲渡では、税金も発生するため注意しましょう。
ここでは、譲渡側で発生する税金と、譲受側で発生する税金をそれぞれ解説します。
譲渡側の場合
譲渡側では、「営業権譲渡と営業権を含んだ事業譲渡の場合」と「株式譲渡の場合」で発生する税金が異なります。それぞれの場合に関して、解説します。
営業権譲渡と営業権を含んだ事業譲渡の場合
営業権または営業権を含んだ事業譲渡の場合では、消費税が発生します。営業権も資産として判断されるからです。
また、営業権の譲渡では、法人税が発生する場合があります。帳簿価額と譲渡額の差で譲渡益が発生した場合、譲渡益に法人税が課税されるため注意しましょう。
株式譲渡の場合
株式譲渡で営業権を含む場合、消費税は課税されません。
有価証券の譲渡は、非課税取引にあてはまるからです。
法人税は、事業譲渡のとき同様、譲渡益に対して発生します。
譲受側の場合
譲受側でも、営業権単体を譲り受けた場合、または事業譲渡を行った場合に消費税が発生します。
譲渡金額に消費税を加えて、支払いを行いましょう。
この際、納税は譲渡企業が行います。
営業権は無償譲渡も可能
営業権は、無償譲渡も可能です。ただし、無償譲渡でも税金が発生するケースに注意しましょう。
たとえば、無償で事業譲渡を行ったとしましょう。この際、税務上では譲渡事業の時価に対して法人税が掛かります。対価として現金を受け取らなくても、税金が発生します。
営業権の償却
営業権を取得した場合、償却を行います。
対象企業の価値を算出し、年を分けて返済するようにしましょう。
基本的に、営業権の耐用年数は5年です。
買収金額を5年で分け、返済を行います。
国際会計基準の場合
国際会計基準を設けている場合、営業権の償却は禁止されているため気を付けましょう。
禁止されている理由は、次の3つです。
- 営業権の償却に合理的根拠がない
- 営業権の価値は減らない
- 価値が下がってから減損処理を行えば良い
ただし、統合後に営業権の価値が著しく低下した場合は、減損処理が認められます。
国際基準を採用している場合、営業権の償却を行わないことで利益が見込めます。
しかし、売却側からすると、企業価値を示す要因が減ってしまうことに注意が必要です。
日本の会計基準の場合は、営業権の償却が必須です。自社が日本と国際基準のどちらを採用しているか確認し、適切な処理を行いましょう。
営業権の償却限度額改正
平成29年に、営業権の償却限度額改正が行われているため注意しましょう。
改正前の償却では、営業権の金額を5年で割り、当該事業年度の月数を掛け算した額が償却金額で扱われていました。
また、事業年度単位で償却ができ、事業年度内でいつ営業権を取得しても、12ヶ月分で償却ができる仕組みです。
しかし、改正後は、月割計算で償却を行うことになりました。どのタイミングで営業権を取得しても、月数按分を行わなければなりません。
改正後の償却方法を実施できるように、確認しておきましょう。
M&Aで営業権の評価を高める5つの方法
自社を高値で売却するためには、営業権の評価を高めることが大切です。
ここでは、営業権の評価を高めるための方法を5つ紹介します。
- 技術やノウハウを高める
- ブランド力を強化する
- 従業員や取引先と良好な関係を築く
- 交渉は複数社と行う
- 専門家に相談する
売り手企業は交渉を有利にするためにも、参考にしてください。
1.技術やノウハウを高める
自社の技術やノウハウを高めることで、営業権の評価アップにつながります。
自社の技術などを整理し、事業に必要なものを強化しましょう。
また、技術やノウハウを高めることができれば、従業員の成長にもつながります。
従業員が成長すれば、企業の成長も期待でき、企業価値を高められるでしょう。
2.ブランド力を強化する
自社のブランド力強化も、営業権の評価アップにつながります。
ブランディングを行い、自社のアピール力を高めましょう。
ブランド力が強化されれば、買い手企業の目につきやすいメリットもあります。
買い手が増加したり、相場よりも高額で自社を売却できたりもするでしょう。
3.従業員や取引先と良好な関係を築く
営業権では、従業員や取引先との関係性も評価されます。
自社が置かれている状況を見直しておきましょう。
たとえば、従業員とのコミュニケーションがとれていれば、技術やノウハウの継承もスムーズに進みます。M&Aを行っても、自社に残ってくれる従業員、譲渡先でも働いてくれる従業員が増えるでしょう。
また、取引先との関係も、M&Aでは評価されます。
M&Aを機に取引先がなくなってしまえば、自社の価値は下がってしまうでしょう。
買収されても事業内容は変わらないことが多いため、取引先が取引を継続してくれることは重要です。
4.交渉は複数社と行う
M&Aの交渉は、複数社と行うようにしましょう。
複数の企業と交渉を進めれば、買い手同士が競争し、良い条件が提示される可能性もあります。
また、買い手ごとに必要とするニーズや、自社の価値の決め方は変わります。
1社だけと交渉してしまうと、価値を低く見積もられてしまったことに気づかないリスクもあるでしょう。
交渉の序盤は1社だけに絞らず、複数企業の話を聞くようにしましょう。
5.専門家に相談する
自社を適切な価値で売却するために、専門家に相談しましょう。
M&Aは専門的な知識が多く、自社だけで対応するのは大変です。
知識がないせいで、相場よりも安く譲渡してしまう可能性もあります。
専門家に相談し、適切な価格や相場を知っておくようにしましょう。
また、M&A仲介会社などに相談すれば、独自のネットワークを持つため、買い手企業の選択肢も広がります。良い条件で交渉してくれる企業も見つけやすくなるでしょう。
まとめ
M&Aの場面では、営業権を含んだ価格で交渉を行うケースもあります。営業権が高く評価され、M&Aを有利に進められる場合もあるため重要です。
また、のれんとは同じ意味で使われる場合が多いことを覚えておきましょう。近年では、のれんと称する場合が多いため、知っておくことが大切です。
営業権のポイントは、価値の算出が難しい点です。技術やブランド力のように目に見えない資産を計算するため、評価は企業によって変わる場合があります。営業権の評価に迷う場合は、M&A仲介会社のような専門家に相談しましょう。