調査立会においては事前準備・リハーサルの必要はありません。金田一耕助に匹敵する推理力の税理士です。

調査立会の仕方推理力を鍛える
生涯無敗の武芸者であり一流の心理学者でもあった宮本武蔵が書き残したのが「五輪書」です。このシリーズでは武蔵が五輪書で後世に残したかったメッセージを読み解こうと言うものです。ちなみに、五輪書は5巻から構成されています。
第4弾では「火の巻」についてです。「水の巻」ではどのように鍛錬をすべきかについてか述べられていましたが、「火の巻」ではどのように実践するか、つまり戦い方について述べられています。武蔵の戦いに対する信念は、「闘いとは何であれ勝つことではあり、そのために自分の持っている全知全能を傾けること」だと言っています。つまり「生きるか死ぬかの戦いの場で小手先の細かいことは何の役にも立たない。普段の稽古の時から、その時その時の敵の考えを見抜く鍛錬をし、相手の強弱や手段を知ろうとする心がけが必要だ。そうすることにより、兵法の原理の力を持ってあらゆるものに勝つところまで到達できる」と説き、何事においても極める覚悟が大事であることを述べています。

実践的な戦い方とは・・・

武蔵のいう敵に打ち勝つ実践的に戦い方について下記のようにポイントが述べられています。
  • 「場のとりかた」
  • 「三つの先」
  • 「枕を押さえる」
  • 「渡をこす」
  • 「景気を知る」
  • 「剣を踏む」
  • 「敵になる」
  • 「四つ手をはなす」
  • 「影を動かす」
    ・・・・・・・・・・・・・
述べられていることは、やたらに細かい技巧を凝らすような、あるいは見栄えを気にするような剣術論とは明らかに一線を画し、敵に打ち勝つための実践論そのものと言えます。
中身は、戦う上で有利な位置取り、先手の取り方、難所の越え方、敵の心理状態、戦いの波の読み方、機先を制する、怒らせたり怯えさせたりの心理戦、奇襲作戦、等どれもこれも実践的は方法論ばかりとなっています。これらは、武蔵特有の言い回しになっていてビジネスマンにとっては分かりづらいものですが、どれもが本質論となっていて剣術家にとっては、どれもなる程ほどと思うものばかりです。興味のある方はじっくり研究されるのをお勧めします。その中でもビジネスに役に立ちそうなものをいくつか解説します。
今回のシリーズ第4弾では「敵になる」についての解説です。

「敵になる」の意味

これは自分自身を敵の立場に立ててみるということです。敵が強そうだと思いこんでしまうと、慎重になり積極策に出られないことが多いものです。つまり、「膠着状態」に陥ってしまうことです。そんな時に「敵の立場になって考えると打開策はいくらでも出てくるもの」という意味です。
「盗みをして家に篭った者」というエピソードでそのことを解説しています。

『盗みをした悪漢が子供を人質にして納屋に立て篭もっている。刀を持っているので誰も近づけない状況となっているところに、ある武士が通りかかった。その武士は坊主頭にして近所から握り飯を2つ貰って納屋に近づいた。
「近づくと子供を殺すぞ」
「心配するな、私は坊主だ。聞けば人質の子供は昨日から何も食べていないそうではないか、この握り飯を食べさせてやってくれないか」と握り飯を子供に手渡した。
悪漢は子供を左手で抱え、右手に刀を持っていた。悪漢も昨日から何も食べていない。
「お前も腹が減っているのではないか。これを食え」と握り飯を差し出した。
悪漢は坊主姿に油断して、つい刀を置き右手を伸ばした。その瞬間、武士は跳びかかって、悪漢を捕まえてしまった。』

立て篭もった人間の方が圧倒的に優位だと思い込むことが多いのですが、実際のところ、立て篭もった側からすると世の中の全てが敵と言う状態でどうにもならない精神状態に陥っているものです。そう考えると打つ手はいくらでも出てきます。
つまり、敵(相手)の立場になって考えると、閉塞状態を打開する策はいくらでも出てくることを説いています。
武蔵がこだわる「先手を取る」の一環とも言えます。閉塞状況になった時は、こちらの硬直した心理状態だけで、ものごとを進展させようとしてもうまくは進まない。そういう時は相手の身になってみる。敵も困っているのだから、その敵の身になってものごとを考えて見ると状況を打ち破る方法が見つかるということです。
仕事でも家庭でも閉塞状態に陥ることは多々あります。何とかしようと頭を悩ませ切羽詰るより、少し引いて気持ちにゆとりを持たせ、「相手の立場になって考える」と活路が開けます。


追加

相手の「ごまかし」は徹底的に利用する

 これは、いわば“だまし討ち”のようなものだ。
 もちろん、私たちは、訴訟の対象になっていた製品だけではなく、他の製品の特許侵害も争うつもりでいた。その意図を無効にするような一文を、相手は何の打診もなく、さりげなく和解案の中に組み込もうとしたわけだ。

 一瞬、腹が立ったが、「これは使える」と思い直した。私は、協議の場でこの事実を強い口調で指摘。言い逃れをしようとしたが、“逃げ道”を塞ぐと、相手はバツが悪そうに認めた。

 こうなればこっちは強い。
「ごまかし」という不誠実を責めることができるうえに、彼らが自ら「他の製品でも特許侵害しています」と言っているようなものだからだ。

 そこで、「ということは、私たちとしては、他の製品にも特許侵害があると推定せざるを得ない。すべての製品について詳しくチェックすることに同意してもらえますね?」と迫った。もちろん、相手がこれを拒絶したら、和解交渉は決裂。私たちが裁判で徹底的に追い込んでくることは、彼らも認識している。しぶしぶながらも、私たちの要請に応じざるを得ないのだ。

「交渉のインフラ」を壊した者は制裁を受ける

 そして、すべての製品についての情報・データの提出を要求。不審な点があれば、いちいち確認をして、必要であれば追加資料を求めた。容赦ない追及に相手が抵抗する素振りを見せても、「だって、ずるいことをしようとしたじゃない? これくらい厳しくしないと信用できませんよ」という一言で抑え込むことができた。

 こうして、彼らの「ごまかし」を徹底的に利用して、私たちは圧倒的に有利な条件で和解交渉を妥結することに成功。もともと裁判で優勢だったという背景もあるが、相手の「嘘」「ごまかし」を暴いたときの威力を実感したものだ。

 同時に、改めて確信した。
「嘘」「ごまかし」の誘惑に負けてはならない、と。

 小賢しい方法で相手を欺こうとするのはあまりにリスクが高い。「嘘」「ごまかし」が暴かれたとき、見るも無惨な立場に追い込まれてしまうのだ。

「信頼関係こそが交渉のインフラだから、交渉には誠実に臨まなければならない」などと言うと、高潔な理念を述べているように思われるかもしれないが、必ずしもそういうわけではないのかもしれない。なぜなら、「信頼関係というインフラ」を壊した者には、厳しい制裁が加えられるからだ。だから、私は、誠実に交渉に臨むことを鉄則とすべきだと考えている。

「誠実」と「愚か」の一線を間違えない

 ただし、「バカ正直」になる必要はない。
 交渉において、「嘘」「ごまかし」は厳禁だが、聞かれもしないのに、自分に不利な情報を積極的に公開する必要はない。つつかれてもいない薮を自らつついて蛇を出して驚いているのは、「誠実」というより「愚か」と言うべきだろう。

 たとえば、先ほどの海外企業との交渉で言えば、私たちが問題にしていたのはある製品の特許侵害であった。
 あくまで、ある製品についての交渉なのだから、私たちが「他の製品でも特許侵害をしているのではないか?」と聞かない限り、彼らは自らそれを打ち明ける義務はない。あとで特許侵害していることがわかったとしても、自ら打ち明けなかった彼らを責めることはできない。聞かない方が悪いのだ。交渉は戦いである。双方に自己防衛する権利はある。応える義務がある場合にだけ、「嘘」ではない回答をすれば、それで十分に誠実な対応というべきなのだ。

 むしろ、聞かれもしないのに、「この製品が特許侵害していることは認めざるを得ません。ところでこの製品はどうでしょうか?」などとお伺いをたてるのがどうかしている。学校であれば、「正直でよろしい」と先生に褒めてもらえるかもしれない。しかし、ビジネスの交渉は「バカ正直」に優しくはない。徹底的に追及されて、不利な条件を飲まされるだけなのだ。

「正直」と「バカ正直」の一線をどこに引くか? これは、ビジネスマンが身につけるべき大事な知恵なのだ。





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